内廊下。それは単に雨風をしのぐための屋根付き通路ではない。外廊下が、雨風に晒され、隣人の生活音や道路の喧騒を無防備に浴びながら自室へと向かう「試練の道」であるのに対し、内廊下は外部のノイズと自室という聖域を完全に分断する結界として機能する。
ホテルのようにカーペットが敷き詰められた静寂な空間は、物理的な快適さ以上に、精神的なスイッチを切り替えるための重要なアプローチなのだ。エレベーターホールから自室のドアまでの数十秒。その静けさの中で、男は社会的なペルソナを脱ぎ捨て、一人の人間に戻る。内廊下とは、戦場から城へと帰還するための、神聖な儀式の通路といえよう。
しかし、その静寂は時として牙を剥く。外の音がしない分、隣室から漏れるかすかなテレビの音や、廊下を歩く他人のハイヒールの足音が、不気味なほど意識に上る。それはまるで、壁一枚を隔てて互いの生活を監視しあうかのような、冷たい緊張感が漂うのだ。
高級ホテルのような空間は、住人に「この空間にふさわしい振る舞い」を無言で強要する。部屋着のままゴミを捨てに行くことすら躊躇われ、深夜の帰宅時には、落とした鍵の金属音が廊下全体に響き渡るのではないかと、妙な罪悪感に苛まれる。ここは安らぎの空間か、それとも互いが互いを値踏みしあう、息苦しいショーケースなのか……というのは、いささか考えすぎだろうか。
ここで唐突に想起するのは、『新世紀エヴァンゲリオン』のNERV本部である。使徒という絶対的な脅威から隔絶された地下都市ジオフロント。そのさらに奥深くに広がる、長く冷たい無機質な通路。シンジやアスカといったパイロットたちは、決戦を前にその静寂な廊下を歩き、エントリープラグへと向かいながら、自らの恐怖や運命と向き合った。
内廊下は、まさに現代に再現されたNERVの通路なのだ。男は日々、取引先や上司という名の「使徒」との戦いを終え、この通路を通って自らのプライベートなシェルターへと帰還する。あるいは、朝、この静寂の中で精神を集中させ、再び戦場へと向かう。ここは、外界との物理的、そして精神的な接続を断つための神聖な空間なのである。
内廊下のある生活、それは男が自らのA.T.フィールドの強度を試される場なのだ。